同窓会で「介護やってる」って言った時の周囲の反応

考え方

こんにちは、介護福祉士のまちかです。

最近、ベーシックインカムの話を中心にやっていたせいで他の話題についてすっかり書いていませんでした。

今回は、私が同窓会に参加した時のお話です。

 

同窓会と聞いて、皆さんは何を思うでしょうか?

当時、好きだった人に会って数年ごしの告白をするとか、あのパッとしなかったスクールカート下位のヤツが有名人になってたとか、、

それほどドラマチックな展開があったかどうかは微妙ですが、私なりの発見はありましたので良ければご覧ください。

 

そもそも、みんな同窓会に参加したがらない

私の実家は東北のド田舎にあります。

上下水道もろくに整備されていないような山の中で、携帯の電波はかろうじて届くような場所です。

かつては地区の防災無線で「熊が出たので気を着けてください!」と流れるほど。笑

同窓会の当日は、あらかじめ地元の幼馴染みと連絡を取っておきました。

彼とは小学校からの同級生で、中高も一緒。一時は都会にも出てたらしいのですが、地元がいいと今は戻って就職していました。

「フケたね~、今年で一体いくつになったの?」などバカ話をし、彼に会場まで連れて行ってもらいました。

 

一般的に言って、同窓会というものは集まりが悪いそうです。

大抵、全クラスの3分の1程度しか出席しないらしいです、、みんな学生時代にいい思い出がないんでしょうか。(私もですけど)

今回ですと地元中学の同窓会で約240人。やはりその内、80人程度しか来ていませんでした。

後で聞いたことですが、参加・不参加の連絡すらつかない同級生も大勢いたそうです。

私の時代は、まだ普通に卒業アルバムに実家の住所と電話番号を載せていたため、それを頼りに連絡を取っていましたが、最近は個人情報保護法で載せてないとか。

今の若い子はどうやって同窓会を開催してるんでしょう。

FacebookやInstagram、LINEのアカウントとかでしょうか。

 

担任が前期高齢者になっていました

会場はまるで結婚式場のようでした。

既に仲の良さそうな人らで固まっており、確かに最初はいづらくありました。

イケてた人はイケてたグループ、真面目そうな人は真面目そうなグループ、女子らは女子らのグループ。

私はというと、学生時代に友達がいなかったので仲の良い友達は同窓会には参加していなかったので、取り合えず会場を漂流しておりました。

すると、壇上の前の辺りでしょうか、先生らのグループにたどり着きます。

「おお、元気そうだな! この間、妹さんの同窓会にも呼ばれたぞ」

「あああ有難うございます。先生は定年退職されたんですか」

当時、担任だった教諭に呼び止められ、お互いの近況などを話すこととなりました。

先生という生き物は基本コミュニケーション・モンスターです。(最近の先生はそうでもないらしいが)

話題や話し方は流暢で、見た目はお爺ちゃんになっていましたが、当分介護は必要ないなと感じました。

他の同級生たちは遠慮してなのか、先生らのテーブルより離れた席から順に埋まっていっています。

ゆくあてが無かった私は、そのまま先生らのテーブルで腰を落ち着け、高齢者介護をすることにしました。

 

人は思ったほど変わらない、変われない

幹事からの挨拶、学年主任の話、写真撮影など、一通りの進行が済むと、最後に花束を先生らに渡して、3時間程度で終了しました。

会で一番印象に残ったのは、同級生の何人かが亡くなっていたことです。

世間体や個人情報もあってか具体的な死因の説明はありませんでしたが、自分もそういった歳になったんだなと自覚しました。

彼らに向けた追悼の時間が、最後に設けられたのが印象的でした。

 

今回、あらためて同級生と話をして思ったのは、みんな当時の印象通りの人生を、その後も歩んでいるということです。

当時から不良だった人は腕に大きなタトゥーを入れてたし、イケてた秀才は一部上場の大会社に入っていました。女好きな人は、女子の尻ばかり追いかけ、地味で真面目な人は役場の職員に。

田舎の公立校だったため、医者や弁護士はいませんでしたが、当時、生徒会長をやっていた人は自衛隊の幹部候補生になってました。

たまにヤンキーだった人が、心を入れ替えて学校の先生になったり、会社を起こしたなんて話を聞きますが、そういうのはごくごく一部の例で、ほとんど全ての人は当時の印象から逃れられないモノなんだなと感じました。

 

そんな中、私はというと大人しく目立たない子供でした。

率先して何かやるような性格ではなく、日和見で、多数の意見に流される特徴のない存在。完全にモブキャラです。

勉強も運動も平均点、目立つ訳でも、落ちこぼれる訳でもなく、スクールカーストでいえば中の下ぐらいでしょうか。

あの頃は、陰キャなんて言葉はありませんでしたが、確かにコミュニケーション能力の高い生徒会に入るような人には劣等感、いや正直に告白させてもらえば嫌悪感を抱き、一方で、自己表現が上手く出来ない内気な同級生には共感を抱いてました。

 

その上で、今の仕事につながる芽は何んだろうかと考えてみると「人の様子をよく視るのが好き」な子供だったとは思います。

洞察力とはちょっと違うんですが、自分がどうかよりも、まず友達がやりたいことに興味を抱き、必要なら手を貸す。または先生の意図したいことをくみ取り、反抗もせず従う。

さして特別なことではありませんが、同級生と昔話をしていて、そういった思い出ばかり自分の口から自然と出てきました。

 

これって介護に通じませんかね?

ただ実際、私がいま介護をしてるって周囲に話した時の反応は、ほとんど信じてもらえませんでしたが。 涙

「またまた冗談を、そんなひょろっこい身体でお前なんかにできるわけない」

「あれでしょ、介護施設で事務員やってるんでしょ」

そんな感じです。別に偉いねとか、介護に対するイメージを聞きたかった訳ではないんですが、それ以前の問題です。

 

それから驚いたのは、当時から人当たりの良く、気の合った同級生らは理学療法士やマッサージ師、鍼灸の先生など、近い仕事をしていました。

人生って、そういう風にできているんですね。

 

終わりに

同窓会に行って気づいたのは、多分、一生、自分はこの業界で生きていくなといった予感でした。

世に様々な職業はあれど、死ぬまで人の人生に関わって生きてく職業ってそう多くないじゃないですか。

志の高い同業者からは不謹慎と言われそうですが、その人が経験してきた人生、物語を間近くで見聞きできるのって自分には興味津々です。

まあ続けていくための課題も、収入が低いとか色々ありますけどね。

 

ただ、生涯年収として考えた場合どうでしょう。

先ほど上げた、役所や教職など公務員の定年退職は60才です。サラリーマンだと60~65才。

自衛隊員だと、なんと53才で定年退職だそうです。

この人たちってその後の人生、死ぬまでの2~30年の間、毎日何をして生きていくんでしょうか。

定年後、他の業界に再就職するぐらいなら、見知っている業界の発展のため、残りの人生を捧げたほうが有意義な生き方じゃないですか。

何才まで働くかは決めていませんが、介護職という生き方をした場合、どちらかというと定年のない自営業に近いと思います。

低所得でもコツコツ働いていけば、案外、一般的なサラリーマンの生涯年収ぐらいなら途中で追い越しちゃうんじゃないでしょうか。

さすがに夜勤や特養でバリバリ、といった勤務は無理でしょうが、パートとしてならもう既に、多くの60~70代女性が介護業界で活躍していますし。

それこそ資格さえあれば、登録ヘルパーや認定調査員として、年齢に関係なく自身のペースで働けますよね。

多少お金があっても、悠々自適な老後など幻想だと思います。

朝起きて、毎日やることがない高齢者ほど早く老化します。

「壮年期うつ、老年期うつ」などで検索をしてみれば、メディアがあまり伝えない現実が見えてきたりもします。

せっかく生まれてきたんだし、意味ある人生を。

そんなことを考えた同窓会でした。

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